Yuko. S さん ロンドンでの短期語学留学

ロンドンから電車で35分位 の所にあるノーバリ?という小さな中世を思わせるような町に着いたのは1999年、6月6日の事でした。ここが私のホストファミリ?のクリスチンの住んで いる所です。翌日からの私の電車通学2週間が始まりました。私が通う学校、ユーロセンターロンドンヴクトリア校は、WECから紹介してもらったスイス教育 財団の組織学校で、ヴクトリアステーションから歩いて10分位の所に位置しています。最初の日不安だったので、若いママさんに道を尋ねました。帰り際彼女 は ‘ I hope you find it. ‘ と言ったのは簡単な言葉ですけど今でも耳に残っています。

ヴィクトリア校は、白亜のステキな建物の一画にあります。受付を済ますと、教室へ入って、レベルチェックのためのテストが あって、ライテイングとリスニング、最後にインタビュー、これで全部です。その後皆で学校の周りをウオーキングにでかけました。日本と順序が逆ですが、も どると一階の教室でニューステュ?デントのための説明会がありました。ここでは2週間に一回入学があります。まず校長が挨拶、といっても日本のような固苦 しいのではなく、英国らいのでしょうか?’ 昨日は晴れたのに今日は雨、でも皆さんのために、まもなく晴れるでしょう’ といった具合いに聞こえました。25人全部の国名を1人づつ尋ねながらトォーク、日本人は私の他にもう一人だけ、他は中東、スイス、ブラジル、フィンラン ド、トルコ、ドイツ、ルーマニア、ロシア、など。
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そしてランチの後自分のクラスが、一階のフロアーに貼りだされるので す。

私のクラスはレベル3という室でした。18歳から27歳まで9人中には1年もこの学校で勉強している人達が何人かいまし た。私のような年齢の人はいないので、最初はジェネレーションギャップを感じたのですが何にでも興味を持ってい積極的な姿勢があれば、すぐ乗り越えられま す。ロンドンの中心地だったこともあって、有名地やシアター、美術館どこにでも簡単に行くことができて、短かったけどとても楽しかった経験でした。

Y. S さん 私がイギリス高校留学を決めるまで

私は、途中で転居したため、2つの中学校に通いました。最初の中学は、あまり校則も厳しくなく、進んでいたため、学校に対してほとんど疑問を抱きませんでした。

しかし2つ目の中学は、校則も厳しく、名簿も男女が別など、遅れていて差別につながる事もありました。

3年生になって、進路を決めなければならない時期になり、初めは地元の高校へ進もうと思っていましたが、大学へ進めそうな学校は全て、男女別学だったため、差別を感じ、またまた都立の学校案内を見ていた時、自由な校風を感じた学校の説明会に出席してみる事にしました。行ってみると、制服もなく自由なのにも関わらず、他校の制服を着ている人がいたりと、せっかく” 自由” が認められているのに、自分のない人が沢山いたので驚きました。また、場所が東京という事もあり1年間こっちに住んでしまうと、都会の自然の無さに、減滅してしまいました。

その後、地元の高校の説明会もありましたが、どの高校にも魅力を感じませんでした。また、地元では、友達同士がグループを作って固まっていたり、とても集団意識の強すぎる人達ばかりで、日本人の悪い所が出ていると思うこともあり、いきすぎた協調性にとても問題を感じていました。

そして何より、ほとんどの人が”常識”という枠にはまり過ぎているということ。これが、私が留学を決めた最大の理由です。
Yselfstudy

私達が日常、あたり前だと思っていることは、あくまで自分自信から見てあたり前なのであって、世界から見れば常識外れ な事もありあます。結局、それぞれの国によって異なった文化や習慣があり「これが常識」と言い切れる事など何もないのです。だからこそ、型にはまっている のではなく、色々な国の色々な文化に興味を持ったし、常識を越えたいと思いました。

私は、やりたいと思った 事はすぐやるようにしています。

「今 やりたい事を精一杯やる」

ただそれだけで、毎日がとても充実するからです。

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