Yuka. E さん 念願春休みロンドンへの短期留学

私は高校ニ年の春休みにかねてから念願だった短期留学をロンドンで過ごしました。

なぜロンドンかと言うとWindmillで英語レッスンを行うようになると私のなかで遠い外国のイギリスが身近に感じられ ていきました。そして語学の旅へと一人で行くことを決めました。

初めての短期留学までにはWindmillで、レッスン以外にいろいろとイギリスの生活習慣やビデオでの勉強など細かくホーランド先生夫妻にお世話になり ました。その甲斐あってか、初めて乗る地下鉄やホルボーンにあるアスペクト校まで迷子にもならずスムーズに行けた自分にびっくりでした。

私がはじめて英語に興味を持ったのは中学一年の時クラスにハンガリーの子が転校して来た時です。その子は日本語が話せなく、私達もハンガリー語が分かりま せんでした。

それで私達のコミュニケーションは英語となりました。でも、やっぱりほとんどのことが理解出来なく何を聞かれても答えられずいつも困らせてしまいました。 そんな思いから英語が話せればなぁ?」と思うようになりました。

そして高校二年の夏休みからWindmillでの英語レッスンがスタートしました。

ロンドンでの生活はすごくすご?く楽しかったです。学校はロンドンの中心にあり昼食などは中国人、コロンビア人、タイ人、イタリア人、ブラジル人などいろ いろな国の人と出掛けてました。

クラスの年齢層は17才の私から47才のヘクトというコロンビア人までです。ヘクトはとても優しく勉強熱心でした。いろんな国の人や年齢を越えて授業を受 ける楽しさと刺激は、とてもいい雰囲気でした。それはWindmillでも同じような感覚だな?と思いました。

毎日授業が終ると友達と観光名所を回っていました。なかでもバッキングハム宮殿は「お?ロンドン!」と感じさせるものでした。

ロンドンタワーの前で

ロンドンタワーの前で

バッキンガム宮殿の前で

バッキンガム宮殿の前で

一つだけイギリスで驚いたのは、みんな電車がどんなに混んでいようが、立ち乗りになっても本を片手に持って揺られながら必死に読んでいた事です。とても読 書好きなんだなぁと思いました。だから電車はいつも静かで、日本人の私から見ると結構不思議な光景でした。

あとなんと言っても良かったのはホストファミリーです。

日本を出発する時ホストファミリーは、あたりはずれがあるから期待しないで行った方がいいと聞いていたのでそのつもりでいました。しかし!見事にあたり、 びっくりするくらい親切でした。私にホームシックになって欲しくないとお米まで買ってきてくれ料理を作ってくれました。美味しかったぁ。

学校で友達になった日本人のホストファミリーは、夜ご飯はレタスだけ お風呂はきっかり10分。過ぎるとドアをドンドンドンドン!と叩かれたそうです。

いよいよ日本に帰る日、本当に帰りたくないと思いました。何よりつらかったのはホストファミリーとの別れでした。その朝、熊のぬいぐるみとメッセージを涙 ぐむママさんからプレゼントされて泣きじゃくってしまいました。そしていつかまた訪ねてきてね。と言われ(涙・・・)

空港までの電車でも涙が止まりませんでした。それを見ていたイギリス人のチビッコは「なんだコイツ」という目で見ていましたが今もずーっとこころに残るス テキなファミリーでした。

日本へ無事ついた私は以前の生活に戻りアルバイトにも復帰しました!ただ、今までと多少変わった事はWindmillに通うのがますます楽しくなった事で す。それはジュリアン先生のジョークにすぐ笑えるからです。

3週間の短期留学でヒアリングが上達した成果だと思います。

これからも大好きな英語をつずけて行くつもりです。そしていつかまたロンドンへ、、

Yuko. S さん ロンドンでの短期語学留学

ロンドンから電車で35分位 の所にあるノーバリ?という小さな中世を思わせるような町に着いたのは1999年、6月6日の事でした。ここが私のホストファミリ?のクリスチンの住んで いる所です。翌日からの私の電車通学2週間が始まりました。私が通う学校、ユーロセンターロンドンヴクトリア校は、WECから紹介してもらったスイス教育 財団の組織学校で、ヴクトリアステーションから歩いて10分位の所に位置しています。最初の日不安だったので、若いママさんに道を尋ねました。帰り際彼女 は ‘ I hope you find it. ‘ と言ったのは簡単な言葉ですけど今でも耳に残っています。

ヴィクトリア校は、白亜のステキな建物の一画にあります。受付を済ますと、教室へ入って、レベルチェックのためのテストが あって、ライテイングとリスニング、最後にインタビュー、これで全部です。その後皆で学校の周りをウオーキングにでかけました。日本と順序が逆ですが、も どると一階の教室でニューステュ?デントのための説明会がありました。ここでは2週間に一回入学があります。まず校長が挨拶、といっても日本のような固苦 しいのではなく、英国らいのでしょうか?’ 昨日は晴れたのに今日は雨、でも皆さんのために、まもなく晴れるでしょう’ といった具合いに聞こえました。25人全部の国名を1人づつ尋ねながらトォーク、日本人は私の他にもう一人だけ、他は中東、スイス、ブラジル、フィンラン ド、トルコ、ドイツ、ルーマニア、ロシア、など。
class

そしてランチの後自分のクラスが、一階のフロアーに貼りだされるので す。

私のクラスはレベル3という室でした。18歳から27歳まで9人中には1年もこの学校で勉強している人達が何人かいまし た。私のような年齢の人はいないので、最初はジェネレーションギャップを感じたのですが何にでも興味を持ってい積極的な姿勢があれば、すぐ乗り越えられま す。ロンドンの中心地だったこともあって、有名地やシアター、美術館どこにでも簡単に行くことができて、短かったけどとても楽しかった経験でした。

Y. S さん 私がイギリス高校留学を決めるまで

私は、途中で転居したため、2つの中学校に通いました。最初の中学は、あまり校則も厳しくなく、進んでいたため、学校に対してほとんど疑問を抱きませんでした。

しかし2つ目の中学は、校則も厳しく、名簿も男女が別など、遅れていて差別につながる事もありました。

3年生になって、進路を決めなければならない時期になり、初めは地元の高校へ進もうと思っていましたが、大学へ進めそうな学校は全て、男女別学だったため、差別を感じ、またまた都立の学校案内を見ていた時、自由な校風を感じた学校の説明会に出席してみる事にしました。行ってみると、制服もなく自由なのにも関わらず、他校の制服を着ている人がいたりと、せっかく” 自由” が認められているのに、自分のない人が沢山いたので驚きました。また、場所が東京という事もあり1年間こっちに住んでしまうと、都会の自然の無さに、減滅してしまいました。

その後、地元の高校の説明会もありましたが、どの高校にも魅力を感じませんでした。また、地元では、友達同士がグループを作って固まっていたり、とても集団意識の強すぎる人達ばかりで、日本人の悪い所が出ていると思うこともあり、いきすぎた協調性にとても問題を感じていました。

そして何より、ほとんどの人が”常識”という枠にはまり過ぎているということ。これが、私が留学を決めた最大の理由です。
Yselfstudy

私達が日常、あたり前だと思っていることは、あくまで自分自信から見てあたり前なのであって、世界から見れば常識外れ な事もありあます。結局、それぞれの国によって異なった文化や習慣があり「これが常識」と言い切れる事など何もないのです。だからこそ、型にはまっている のではなく、色々な国の色々な文化に興味を持ったし、常識を越えたいと思いました。

私は、やりたいと思った 事はすぐやるようにしています。

「今 やりたい事を精一杯やる」

ただそれだけで、毎日がとても充実するからです。

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